「天皇陛下御即位三十年奉祝感謝の集い」松任谷由実・MISIA・X JAPANのYOSHIKI・ゆずらが祝賀コンサート ビートたけし・山中教授らが祝辞

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ゆず×ユーミン奉祝曲「御旅」コラボ唱

「天皇陛下御即位三十年奉祝感謝の集い」が天皇皇后両陛下の結婚60年の節目となる10日、東京・半蔵門の国立劇場で開かれた。祝賀コンサートも行われ、両陛下が詠まれた歌に音楽プロデューサーの松任谷正隆(67)とシンガー・ソングライターの松任谷由実(65)夫妻が曲をつけた即位三十年奉祝曲「御旅(おんたび)」がユーミンとゆずの歌唱により披露された。民間人が両陛下のお歌に曲をつけるのは初めて。

 祝賀コンサートではMISIAが「明日へ」、ゆずが「栄光の架け橋」を歌唱。人間国宝が制作した着物姿のユーミンは「春よ、来い」を披露し、両陛下の歌に曲をつけた奉祝曲「御旅」をゆずとコラボ唱した。

 在位10年記念式典で自作の奉祝曲「Anniversary」をピアノ演奏したX JAPANのYOSHIKIも来場。当時を振り返り「バンドメンバーの死があり、精神的にどん底の時。あれが転機となり、ミュージシャンとして戻ってくることができた」と感謝していた。

https://www.daily.co.jp/gossip/2019/04/11/0012231333.shtml

陛下即位三十年式典でもたけし流ボケ倒し祝辞 全文

北野武監督(72=ビートたけし)が10日、東京・国立劇場で行われた式典「天皇陛下御即位三十年奉祝感謝の集い」で、ユーモアを交えた祝辞を述べて、会場を沸かせた。

紋付きはかま姿で登壇し、出番になると、安倍晋三首相ら出席者に一礼して舞台中央に立った。

まずはおじぎをして、演壇にあったマイクにおでこをぶつけるおなじみのボケで笑いを誘った。さらに「祝辞」と言った後、上包みに書かれた言葉を読み出して「あっ、こっちじゃない」とボケを続けた。

ようやく、祝辞を読み始めるかと思ったら、終わりの部分から逆さまに読み始め「あっ、こっちだ」と言って再び笑いを誘い、その後、祝辞を読み始めた。

以下、祝辞全文

「お祝いの言葉。天皇皇后両陛下におかれましては、御即位から30年の長きにわたり、国民の安寧と幸せ、世界の平和を祈り、国民に寄り添っていただき、深く感謝いたします」

「私はちょうど60年前の今日、当時12歳だったその日、母に連れられて日の丸の旗を持ち、大勢の群衆の中にいました。波立つように遠くの方から歓声が聞こえ、旗が振られ、おふたりが乗った馬車が近づいてくるのが分かりました。母は私の頭を押さえ、『頭を下げろ! 決して上げるんじゃない』と、ポコポコ殴りながら『ばちが当たるぞ』と言いました。私は母の言うとおり、見たい気持ちを抑え、頭を下げていました。そうしないと、ばちが当たって、急におじいさんになっていたり、石になってしまうのではないかと思ったからです。そういうわけで、お姿を拝見することはかないませんでしたが、おふたりが目の前を通り過ぎていくのは、はっきりと感じることができました」

「私が初めて両陛下のお姿と接したのは、平成28年のお茶会の時でした。なぜか呼ばれた私に、両陛下は『交通事故の体の具合はどうですか』『あなたの監督した映画を見ています』『どうかお体を気をつけてください』『頑張ってください』と声を掛けていただきました。この時、両陛下が私の映画のことや体のことまで知っていたんだと驚き、不思議な感動に包まれました」

「ただ、今、考えてみれば、天皇陛下がご覧になった映画が、不届き者を2人も出した『アウトレイジ3』ではないということを祈るばかりです。また、おみやげでいただいた銀のケースに入っているコンペイトーは、わが家の家宝になっており、訪ねてきた友人に、1粒800円で売っております」

「5月からは、元号が『令和』に変わります。私がかつて居た『オフィス北野』も、新社長につまみ枝豆を迎え、社名を変えて『令和』に対して『オフィス冷遇』にして、タレントには厳しく当たり、変な情をかけないことと決めました」

「私は、自分が司会を務めた番組で、私たちがニュースなどで目にする公務以外にも陛下が、1月1日の四方拝を始め、毎日のように国民のために儀式で祈りをささげ、多忙な毎日を過ごされていることは、知ってました。皇后陛下におかれましては『皇室は祈りでありたい』とおっしゃいました。お言葉の通り、両陛下は私たちのために、日々祈り、寄り添ってくださっていました。私は、感激するとともに、感謝の気持ちでいっぱいです」

「平成は平和の時代であった一方、災害が次々と日本を襲った時代でもあります。そのたびに、ニュースでは、天皇、皇后の両陛下が被災地を訪問され、被災者に寄り添う姿が映し出されました。平成28年8月、陛下は次のように述べておられます。『私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず、国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました』。国民の近くにいらっしゃり、祈る存在であること、そのお姿に私たちはひかれ、勇気と感動をいただきました。あらためて、平成という時代に感謝いたします。また、ずっと国民に寄り添っていただける天皇、皇后両陛下のいらっしゃる日本という国に、生を受けたことを、幸せに思います。ありがとうございました」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190410-04100587-nksports-ent

YOSHIKI、天皇陛下即位30年を祝う祭典で「平成は自分の経験を積む時代だったと思います」

天皇陛下の即位30年を祝う超党派の「奉祝国会議員連盟」などが共催した祭典「感謝の集い」が、天皇、皇后両陛下が結婚60周年を迎えられた10日、東京・隼町の国立劇場で開かれた。来賓の一人として出席した北野武監督(72)は、ギャグを交えつつ1959年のご成婚パレードの思い出を語り、「改めて平成という時代に感謝します」と祝辞を述べた。祭典には2017年2月に両陛下がベトナムを訪問した際に同行した歌手で俳優の杉良太郎(74)ら約1800人が出席した。

 1999年に開かれた即位10年の国民祭典で奉祝曲「アニバーサリー」を演奏した「X JAPAN」のYOSHIKI(年齢非公表)は、陛下の即位30年を祝うと同時に、ますますの活躍を誓った。

 YOSHIKIは平成元年(89年)に「X」としてメジャーデビューした。「アニバーサリー」の作曲依頼を受けた当時は「メンバーの死(hideさんが98年に死去)などがあってどん底の中、お話しをいただいて驚きました。『残された力を振り絞って、作ってみよう』と思いました」という。

 その後は平成を代表するロックバンドとなったほか、自身もソロで海外にも活動の場を広げている。「平成というのは、自分の経験を積む時代だったと思います。その経験を元に世界に羽ばたき、次の時代は世界平和にミュージシャンとして貢献できるよう、この身をささげたい」と話した。

https://hochi.news/articles/20190410-OHT1T50332.html

山中教授の祝辞全文「手術後に…外国人研究者も感激」 陛下即位30年式典

天皇陛下の御即位30年を祝う祭典「感謝の集い」が10日、東京・隼町の国立劇場で開催され、各界の代表として京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授が祝辞を述べた。祝辞は以下の通り。

     ◇

 天皇陛下御即位300周年、そして天皇、皇后両陛下ご成婚60年、誠におめでとうございます。この記念すべき節目にお祝いと感謝を申し述べる機会をいただきましたこと、誠に光栄に存じます。

 天皇陛下は研究者でいらっしゃいます。皇太子殿下の時代からハゼについて、つい先日発表されたものも含め33本もの論文を報告してこられました。形態学的特徴より種類を見分ける手法は、ハゼの部類学の発展に大きく貢献されています。学術名にローマ字のアキヒトが使われているハゼも複数あります。皇太子殿下の時代に発表された英語論文の著者名はプリンス・アキヒト。そして、御即位後はアキヒトです。私の知る限り著者名がファーストネームだけなのは陛下の論文のみであり、日本人研究者として大きな誇りです。

 また秋篠宮殿下との共著論文も発表されています。陛下が形態学的な解析を、秋篠宮殿下がDNA解析を分担された共同研究の成果です。研究者にとって家族と共著論文を発表することは喜びのひとつです。私もいつの日か実現できたらと夢見ております。

 平成24年6月、横浜で開催されました国際幹細胞生物学会に両陛下のご臨席を賜りました。この国際学会が日本で開かれるのは初めてのことでした。居並ぶ海外からの研究者にとっても両陛下のご臨席は大きなインパクトでありました。ただ陛下はわずか4カ月前に心臓の手術を受けられたばかりでした。正直申し上げて、私は陛下のご臨席は難しいのではないかと思っておりました。それを押して、横浜までお越しいただきました。

 そればかりか、陛下の方から研究者一人一人に手を差し伸べ、握手をしていただきました。それは陛下がいつも災害や病気に苦しむ人々に寄り添われているときの優しさと同じものでありました。いつも陽気で気さくな外国人研究者も、このときばかりは感激と緊張で手が震えていたのが強く印象に残っております。

 同年の12月に私はノーベル医学生理学賞を受賞し、スウェーデンを訪れました。選考を行ったカロリンスカ研究所の教授の一人は、横浜で陛下に握手をしていただいた研究者でした。授賞式の後、ウプサラ大学を訪問いたしました。北欧で最も歴史のあるこの大学を陛下も数年前にご訪問され、名誉学院の称号を受けられていたことを知りました。陛下が研究者であられることに改めて強い感銘を受けました。

 平成が幕を開けた30年前、私は医師の道から研究者へと人生のかじを切りました。そして18年後にiPS細胞と巡り合い、その後さまざまな病気の治療に使うための研究が進んでおります。私にとっての平成はiPS細胞が芽生え、成長し、つぼみを付けた30年です。間もなく訪れる令和の時代、その元号に込められた意味をしっかり受けとめて、iPS細胞を大きく花開かせ、患者さんのもとに届けられるよう努力していきたいと思います。

 陛下、30年間、本当にありがとうございました。長きにわたりご重責を担われ続けてこられたことに、心からの感謝と敬意を申しますとともに、両陛下の末永きご健康をお祈り申し上げます。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190410-00000589-san-pol

管理人
ネットの反応
名無し
@MindsoapRin
とりあえずYOSHIKIはX JAPANのアルバムを令和元年内に出して!


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